2009-11-10

門外漢を怖れず

月曜日は、朝から西日本工業大学の
木村先生にお会いした。
調査で知り合った市内企業の社長と
製品デザインについての相談である。
私自身には、デザインのスキルはない。

それでも、製品化の考え方、用途開発、
素材選び、製品の意味づけといった
コンセプト作りには関心がある。
自分自身の発想力がどれほどのものか
思い知ることで、非力さが分かり、
それが、新しい学びのきっかけになる。

自分自身の軸足は大切にしつつ、
領空侵犯や門外漢を怖れない心の向きは、
個人の成長に欠かせないと思う。
いろいろな物事に触れて、足腰を
鍛えていきたい。

これから、3週間ぶりのバスケへ。
窓の外には、冷たい雨が降る。

2009-11-06

リハビリの一週間

病み上がりのリハビリの内に、
1週間が過ぎてしまった感がある。
おかげで、山と積んでしまっていた
ペーパーワークを片付けることができた。

金曜の午後には、横溝社長たちが
来て下さって、あれこれ将来を切り拓く
話をすることができて、愉快に過ごせた。

企業活動は、厳然たるアートであると思う。
発案し、計画し、経営し、評価し、見直す。
文脈を把握しながら、他社とは少し違うことを
やらないと成功はない。
投資が伴うから、完全なる真剣勝負!
不確実性の矢面に立つからこそ、私たちは、
活き活きとして居られるのだろう。

今週末は、大学祭であるという。
夜は、事務所の指示で学生がみんな帰宅するそうな。
なんとも弾けようのないお祭りであるように思うのだが、
いろいろと制約があるのだろう。
制約を所与として、その中で楽しむのもよし、
その制約を崩すために運動するもよし。
抜け駆けするのもよかろう。
そういう余力があれば、学生もまだまだ捨てたもんではない。

2009-11-02

はやり目

金曜日の出張中に随分目脂がでたので、
土曜日に眼科に行くと「はやり目」ですと
診断された。
点眼薬を2時間おきに差して、今日の夕方に
再び眼科にいくと、「経過良し!」との診断を
頂いた。

どうやら先週からの風邪の症状は、
アデノウィルスの仕業だったらしい。
「はやり目」は、接触感染によるらしい。
どなたか目を患う方が触ったものを
僕が触って、その指で自分の目に触れた。
そういう経路で感染するそうだ。
子供たちが夏のプールで流行させる
プール熱と同じようなものだと聞いた。

いやあ、今年は8月にも風邪を引き、
続いて10月にも。
免疫力が下がっているのか。
睡眠に食事、運動で鍛えることを
これからのテーマにせねばなるまいなあ。

2009-10-29

ご自愛下さい

27日朝からの発熱と喉の痛みには、
往生させられました。
昨日夕方には熱が下がったものの
頭痛が残って大変でした。

ということで、丸二日間お休みを
頂きなんとか持ち直したようです。
今回は、重いものでなくて良かった
のですが、季節柄、用心に越したことは
ないようです。

どうぞ皆さん、重ねてご自愛下さい。

2009-10-24

鳥元

横浜西口の懐かしい店に来た。
手首にサポーターを巻いた焼き手の親父さんと、
オールバックの女将さんは
もう居なかった。
西村や小林とよく呑みに来たもんだ。

2009-10-23

この湯飲みは買いだ

先月のつくば市への出張時に
寿司屋で手にした湯飲み。
これは是非とも欲しかったのだが、
非売品だった。



弁当にオムライス



お昼のお弁当にオムライスはなかなかよい。
今回のは、牛細切れ肉とタマネギを炒め、
炊きたてのご飯にケチャップと一緒に
混ぜ込み、それに卵のベールをかぶせたもの。

卵は、卵焼き用の四角いフライパンを
使うと上手く焼き上げることができる。
卵は1個分使う。
すこし、半熟の部分を残すとなお美味しい。

2009-10-22

エコプレミアム2009発表会

本日、10時よりエコテクノ2009
エコプレミアム2009発表会で、
話してきます。

会場:西日本総合展示場
   北九州市小倉北区
日時:2009年10月22日(木)10:00-

2009-10-20

メタモルフォーゼに向けて

19日は、企業訪問ヒアリングのために、
若松区北九州エコタウン内に立地する
(株)エコウッドへ和田社長を訪ねた。
午後からは、ALU建築システム研究所
藤田社長を訪ねた。
20日午前は、岡垣町の(株)中島ターレットへ中嶋社長を訪ねた。

訪問の目的は、新規事業や新産業の創出、
環境保全への対応に向けて、
どのような産学官の連携が行われているのか、
現状を把握して、市の産業施策へ反映させる
ことにある。

どの代表者も野心的で、現状を乗り越えようと
アンテナを張り巡らせていらっしゃる。
お話を伺いながら、経営者の心意気を
ビシビシと感じさせられる。

ただただ現状を把握するばかりでなく、
自分はこの地域でどんな働きができるのか、
考えさせられる。
地域の活性化は総力戦である。

産学官が連携したり、個々がターッと駆け出したり、
いろいろな試みがあればよい。
人が離れていくのではなく、積極的に
住みたくなるようば地域は、
放っておいて自然にできあがるものではなかろう。

北九州工業地帯は、もう社会科の教科書には
掲載されていないらしい。
この地域は、いま変態の途中にあるように思う。
メタモルフォーゼを実現するために、
住む人の知的貢献を必要としている。
働きがいがある町であると思う。

2009-10-18

オキザリス

義母からのメールで、
あの白とピンクの花の咲く三つ葉草は、
オキザリス属の個体らしい。

白はバリアビス、ピンクはハナカタバミ
ではないか。

こちらのサイトを参照しました。

昨日のクローバー

昨日通りかかったクローバーの群生地に
またいってみた。
ツンと立っていた花が柔らに開いていた。
小さな蜂が一人で、蜜を書き入れている。

三つ葉をみればクローバーと思うが、
どうやらクローバーはシロツメクサを咲かせるらしい。
この花はそれではないなあ。
最後の濃いピンクの花を三つ葉から伸びている。
図鑑をひいてみるのがよさそうである。




クローバーの花

散歩の道すがら、秋枯れの桜の下に
白く立ち上がるものを見つけた。
近づいてよく見るとそれは、
クローバーの花のようだった。
これがパッと開くのかな。
このまま細長く咲くのかな。
もう一度みに行かねば。


2009-10-17

戦いと平穏

町長選挙戦が佳境を迎えているらしい。
近所の事務所では、支援者の人達が集っている。
町長のポストはひとつしかない。
保守派の現職と革新の市議の事実上の一騎打ち
なのだろう。

どちらが優勢となるか、小さな町では事前調査
など行われないため、どちらに転ぶのかは、
まったく未知である。

不確実な状況に身を置く立候補者の心境に
思いを馳せる。

文明社会は、明日を保証したいという人々の
思いを具現化した世界である。

その中にあって、選挙は、何も保証しない。
明日への後ろ盾の無さという点では、
非常にプリミティブな世界である。

野球やサッカーのトーナメント戦が盛り上がるのは、
明日への不確実性が伴うからだろう。
私たちは、明日への担保を社会として作った上で、
それを前提としながら、不確実性を楽しんでいる。
ドキドキ感を楽しんでいるのである。

自分からの問いかけに対して、相手がどうでるか
分からないときの緊迫感に、私たちはしびれる。
それを回避せずにいられるかどうかによって、
その人に野生が息づいているかどうかがわかるではないか。

選挙戦を戦う立候補者を支援するひとたちは、
その野生に感化されているという面もあるのだろう。
重篤な被害をもたらす戦いは、外交によってなるべく回避し、
希な事へと退けてた。

それゆえに、ゲームや勝負事が野生を発揮する
数少ない場として活況を呈する。

私たちは、戦い競うことを本性として宿命づけられている。
その一方で、平穏を希求し、創意工夫を通じてそれを
実現してきたのだともいえるだろう。

2009-10-16

現場にこそ

(有)小谷工業所とシャボン玉石けん(株)へ
訪問し、お話を伺う。
会社の現場にこそ、リアリティがある。
そこで働いていらっしゃる方々は、
もうしかして気づいていないかもしれない
ことでも、外の人には知覚できることがある。
どういう立ち位置を取るかで、それは変わる
ものであるが、大学人という立場は、
とても面白みを感じることのできる
ものだと思う。

2009-10-14

多様な「生」を生きよう

やんまー、うっちーさんとのラウンドでは、
60+44=104と沈むも、バックナインは自己ベスト。
たいてい後半は持ち直すのだけど、
フロントナインで大崩しないことがこれからの
課題である。

火曜日は、朝と昼にそれぞれ委員会をこなす。
環境局の河合さんに作成した資料を送信、
山之内さんには、調査メモを送信する。
それが済むと8時を過ぎたので、バスケットへ。

人間は、自己学習を通じて様々な文脈を
どんどんと引き受けていくことができるという
ことだろう。

近代化は、貨幣の介在する市場を通じた、
モノや労働の取引を通じて、人の生活を効率化した。
得意分野に集中することを可能にした。
一方で、そのことは、私たちを多様な学習機会
から疎外してきたともいえる。

効率化の一方で、単純化した生活は、
私たちの「生」を痩せ衰えさせてしまう。
イノベーションを新しい組み合わせと定義するならば、
様々な文脈を一身に引き受けてこそ、
Brand-new Wayが見つけられるのではないか。

最近のワークライフバランスという言葉には、
そういう意味合いを含めることができるだろう。
人としての多様な「生」の復権こそ、
将来を開くのではないか。

2009-10-09

ちょうど良い加減

受講する人たちが退屈しないような
授業の工夫をするのは、簡単でない。

まずは、相手の希望やら関心やらを
ある程度、つかむ必要があるし、
ちょうど良い加減の難易度を設定する
ことも忘れてはいけない。

そこのところを自由自在にやれるほど、
自分には即応力はないはずなので、
とりあえずは、その都度の経験を
積み重ねるしかない。

先日の九大での講義は、理工系の
履修者を対象とするという前提への
対応にもうひと工夫必要だったなあと
自省しているところである。

2009-10-07

身から出た錆

久しぶりの徹夜明けは、不思議といい
脱力感がある。

夜中にクッションに突っ伏した以外は、
黙々と机に向かう。
仕事は、朝8時に完成を得た。

身から出た錆とはこういうこと。
計画的に、事は進めるべし。

本日は、九大総理工にて短いレクチャー。
石炭等化石資源中核人材育成事業

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2009-10-05

宮地嶽神社へ






福津市にある宮地嶽神社へ伺う。
神功皇后という方をお祭りする神社であり、
お社からは女性的な柔らかい印象を得た。

境内は広く、お社の奥からは、八社巡りの
参道が伸びるが、また次回とさせて頂いた。
本殿裏で、昼寝する人あり。

思い思いに過ごすことのできる余裕が嬉しい。
高台にある境内から見下ろす長い長い参道は、
遠く宮地浜にまで続いていた。絶景なり。

2009-10-02

妖怪を怖れる心理

日本妖怪大全を眺めながら思うことは、
けっこう身近なところに妖怪たちは、
たくさんいるのだということである。
私たちは、それらに気味悪さを感じる
のだが、深層心理では、妖怪がその
容姿や出現の仕方によって発する
メッセージを怖れているのではないか。
それぞれの妖怪は、物事の本質を突いてくる。
私たちは、それが怖いのである。

ところで、インタビュー調査先である
吉川工業では、小南さん、中村さんと
お話させて頂くことができた。
東芝セミコンダクター社北九州工場では、
高さん、池田さんとご面会頂いた。
現場の話は濃い。様々な本質的な課題が、
込められているからである。
何を感じ取れるか、アンテナはピンと
張り詰めた。

研究調査パートナーの山本先生、須山さん
後藤さん、山之内さんとはこの日が初対面だった。
いい調査になるのではないかと期待する。

2009-10-01

日本妖怪大全

ここ最近は、トイレにて、
水木しげる先生の日本妖怪大全を読んでいる。
民話にちなむ妖怪たちは、きっとなにか
必要に応じて発明されたのだろう。
遠い遠方に、おなじような妖怪がいると、
何か地域の共通性を考えてしまう。

今朝から、吉川工業と東芝九州工場へ、
ヒアリングのためにお訪ねします。

2009-09-30

ひとつずつ着実に

9月末日、大学業界では第2学期のはじまりである。
私立大学では、9月末から既に授業が再開している。
神奈川大学で1年だけ非常勤講師をしたとき、
うっかりと1週間すっぽかしてしまったことを
思い出した。あの時は、申し訳なかった。
月を跨ぐ前に、仕上げるべきことがたくさんある。
ひとつずつ着実に。

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2009-09-29

動的平衡

物事を見聞きして、思ったことを書き綴ってみれば、
それが、自分の内面世界についてのことであることに気づく。
同じものを見ても、人によって感じ方は様々であろう。
感じ方は、常に揺れ動く精神を反映している。

私たちには、確固とした自我があるように思うが、
実は常に外生的・内生的な情報にさらされ続けている。
変わらない自分というものは、社会的要求の中で、
時には自分自身を保持するために、作り上げる幻想に過ぎず、
その意思さえも、時の流れに浮かんで、変化していくものである。

細胞や分子レベルでみても、私たちの体は、
3ヶ月ほどで新しい物質によって漸進的に入れ替わっているという。
そういう前提を振りかざすのは、自分の精神も
社会的な要求がどうであるにせよ、変わって生きたいと
希望しているからかもしれない。

色々と書き連ねてみることは、自分の内面をモニターする
という意味において有効である。
日記にせよ、ブログにせよ、論文にせよ、それぞれの時点に
おいて自分がそのような動的平衡状態にあったのかが、
反映されている。
自分が、いま書く動機はそこらへんにあるのだろう。

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2009-09-28

It is easier to do a job right than to explain why you didn't .
---Martin Van Buren (Eighth U.S. president, 1782-1862)
Quoted from NHK Business Communication in Action, Sept, 2009., p.39

山川草木と共に

この出張では、よく歩いた。
環境経済・政策学会のために行った
千葉大学は総合大学であって、
全部で4つのキャンパスがあるのに、
西千葉キャンパスもかなり広い。

最寄りのJR総武線西千葉駅から、
会場である総合キャンパスは、
徒歩で10分くらい掛かったような気がする。
(それは定かではないが)

広いといえば、横浜国大のキャンパスは、
ゴルフ場のあった敷地に、土地の起伏を
有る程度残して設計されている。
ゆえに、キャンパス内でクロスカントリー競技
ができそうなくらいだ。

近年の土地区画整備においても、山を削り、
平地にしてから新しい建物を設置していく
という方法がよく目にとまる。
その方が、分譲地として高値がつくし、
建築コストが安く抑えられるのだろう。

その一方で、利用者は完全な人工環境に
身を置くことになる。ミティゲーションと
称して代替自然を設置しても、そこには、
誰かの意図が反映されており、私たちは、
そのことを肌身で感じ取る。

私たちは、何億年もの間、人為の薄い
山川草木と共にあった。
生物としての人間が殆ど進化していない
とすれば、山川草木が潜在的に恋しく思える
としてもなんら不思議はない。

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2009-09-27

メタモルフォーゼ

初めてのつくば市には、2日間滞在した。
きれいに整備された町並みは、それが
洗練され過ぎていて、自分がいったい
どこにいるのか分からなくなる。
TXつくば駅周辺は、突然現れた東京都内の
繁華街のようである。

街を周辺へむけて歩いていけば、農家や
地権者の住宅が点在している。
きっと、40年前は延々と広がる田畑に
囲まれていたのだろう。
そういった原風景と洗練された現代市街が、
併存しているように感じる。
空き店舗やテナント募集の看板が目に入ると、
きっとこの街は、メタモルフォーゼに向けて
次のスタートを切るのだろうと思った。
70年代の都市開発から、つくばExpo'85を経て、
25年を経たつくばは、第2次創業を要している。

7時半のTXで南流山へ向かい、西船橋へ、
総武線に乗ると千葉大学の西門前にでた。
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2009-09-26

つくば市にて

日本環境共生学会で、つくば市に来ている。
初めてきたのだが、関東平野の東に広がる
田園地帯に研究施設や生活関連の建物が、
立っている。特に、つくば駅の周辺は、
突然現れた大都会の雰囲気である。

筑波研究学園都市として開発される以前は、
筑波山の麓、土浦市の西に、きっとのどかな
農地や里山が広がっていたのだろう。
この約40年の街の風景の変化を早回しの
映像で見てみるとどうだろう。

研究学園都市という特別の文脈で計画された
場所といっても国内の大都市と違いは
見受けられない。むしろ、その特別の
雰囲気を醸し出すような町並みの整備が
可能だったのではないか。
そういう意味では、北九州の学研都市は、
同じ流れにのってしまっている。

先端的な町並みはいずれ風化する。
時間の流れの中で、味わいを深めるような
都市計画は果たして不可能なのだろうか。

レヴィストロースが、少し誇張気味に褒めた
伝統と近代の融合した国の風景は、なしえないのか。
人が街に合わせるのではなく、街が人に合わせる。
その土地の歴史的な文脈の沿う街作りを
改めて思う。

2009-09-25

A man of rhizome.

この頃は、あれやこれやとやるべきことが
増えてきて、集中力が拡散している。
自分で始めたことや誰かから依頼されたことが、
なんとなくつながっているから面白い。

色々な場所から芽を出す植物や菌類も、
地下ではしっかりとつながっている。
世間に開かれた姿がすべてではない。
地表には見せない地下茎こそ、実体であり、
大切なものである。
I'm a man of rhizome.

日本環境共生学会と環境経済政策学会へ参加のため、
つくば市と千葉大へ出張します。(今日から)

2009-09-24

I just start to join in twitter on web. Why don't u to try it?
http://twitter.com/hirotsujii

潔さと寛容さ

午後の玄界灘は、人影もまばらで、
凪のせいかサーファーも見られない。
遠くまで見渡せる空には、薄い雲が筋を引いている。
遅く起きると昼時が直ぐにやってきてしまう。
この頃は、日の入りも徐々に早まって来ているので、
明るさをもったいなく感じてしまう。

政権が入れ替わり、公約の実施が進んでいる。
もちろん旧政権のやりかけた仕事は、現在進行形である。
それでも、普通選挙による議会制民主主義に基づいて
運営されることを前提とした国なのだから、
選挙の勝ち負けを受け入れる潔さが必要だ。
もちろん、勝者には敗者の信条を推し量る
ジェントルマンシップが求められるのも当然だ。

いずれにせよ、変化は人の心を動かすもの。
思うように行くにせよ、行かないにせよ、
己の立ち位置でどれだけのことをやれるかが、
私たちには尋ねられているのだと思う。

2009-09-23

To love and win is the best thing. To love and lose, the next best.
---William M. Thackeray (British novelist, 1811-63)
Quoted from NHK Business Communication in Action, Sept, 2009., p.25

船旅の魅力を

20日の夕方5時出向の阪九フェリー乗船のため
泉大津港に向かう。

シルバーウィークに掛かり、往路とは打ってかわって
団体客でごった返す乗船口。乗り込みを待つ、
乗用車も随分と待機していた。
出航後、大阪湾を西へ。尼崎から西宮、三宮を過ぎる。
大阪南港から、鹿児島へ向かうさんふらわあが、
こちらの航路を垂直に横切っていくのを見送った。

目の前の神戸空港に着陸する全日空機が、
西の空から飛来し、滑る様に降りていった。
新門司まで、ほぼ同じ航路を取る名門大洋フェリーの船が、
どんどんと追い越していく。


復路のハイライトは、本州四国連絡橋(瀬戸大橋)の
くぐり抜けである。残念ながら、ライトアップことなかったが、
大蛇は静かにゆく者を見守った。





帰りの船では、驚くほど揺れが少なかった。
波の静かな瀬戸内海では、感じる船の揺れとは、
入港までやむことのないエンジンの振動である。
それがほとんどないというのは、どのような
技術によるものか。あれだけの船体を動かすために
暴れるエンジンをどのように制御しているのだろうか。
仕組みをぜひ知ってみたい。

船で得られる旅情は、あのゆっくりした速度からこそ
得られるものだと思う。飛行機や新幹線、深夜バス
にはないもの。
水面を眺め、天空を我が者とし、仲間と酒を酌み交わしながら、
過ごす長いゆったりとした時間がある。
スピードによって得られる効率性の価値からはこぼれてしまう
ことにこそ船旅の喜びがあるのだろう。
そういう他にない価値をこそ、船会社は正面を切って、
アピールするべきではないか。
船中で過ごす12時間の夢の時間を演出することに、
注力していくことで、フェリーは旅の選択肢としての地位を
再構築することができるのではないか。
代金の割引は、むしろ身を削ることに終始しかねない。

早朝に新門司へ到着し、自宅へ向かう。
旅の後片付けをしているうちに昼食となる。
すこし肌寒く感じたので、味噌ラーメンを作った。
ニラ餃子を添えてセットとした。

昼からは、かねてより約束していた葛さんの初ラウンドに
ご一緒した。トモロビーチGCは、9ホールのみのショートコース
ではあるが、谷や池越えあり、打ち上げ降ろしありの、
技術を要するコースである。
野球少年だった葛さんは、思いっきりよくクラブを振り、
初ラウンドとは思えないプレーぶりだった。
今度は、白石さんや岡本さんも含めて、本格的な18Hコースへ
挑戦である。まさにゴルフの秋。
新しいことを始めるには、良い季節である。

夕ご飯には、妻が生の秋刀魚を買ってきていたので、
それをお造りにした。ショウガを摺り下ろし、
ネギを添えて、三杯酢で頂く。秋味の代表者は、
甘い油をまとい、季節を知らせてくれた。

火曜日は朝から、妻の実家の墓参りへ向かう。
その足で、義祖母宅にもお邪魔した。
ひ孫を抱く義祖母のお顔は、満面の笑み。
生きることの喜びは、まだ物言わぬが、
将来世代を付託される小さな人との
交信の中に芽生えるものなり。

夕食は、中華風の野菜炒めを作った。

具材は、豚肉、白菜、人参、茄子である。
まず肉を炒めたあとにボールに上げて、
自家製のニンニク醤油の味を絡ませておく。
野菜を炒めたら肉を加えてなじませる。
片栗粉を解いた鶏ガラスープを絡めて、
弱火であえていく。
小口の万能ネギを蒔いて、ゆで卵を添えた。

2009-09-18

フェリーの旅

瀬戸内海は、どこまでも穏やかである。
所々に紅白のブイが浮いており、
そこに航路があることを示している。
狭い内海においては、船舶同士の接触を
避けるための交通整理が必要なのである。

フェリーに乗った経験は、大学1年生の頃、
アイセック(国際経済商学学生協会)
1年生合宿で、神戸港から小豆島へ渡った時
以来のことである。
もう17年前のことだ。あの夏は、確か雨に祟られて、
野外バーベキューの食材が全部無駄になったなあ。


出発した新門司の阪九フェリーのりば
奈良・平城京の大極殿を模しているという。

乗船しているのは、阪九フェリーの「ニューながと」で、
全長185メートル、乗員980名の大きな船である。
ずっとエンジンの細かな振動が続いているが、
海の穏やかさもあり、大きなうねりに苛まれることもなく、
乗船前の印象に比べると快適に過ごせている。

一昨年の3月に、那覇港から座間味島へ水中翼船で渡ったことがある。
その時には、台風の影響で外海は随分と時化ており、
船酔いになった。トイレにはたくさんのバケツが
ならべられていたっけ。幸い僕は催さずにすんだが、
もうすべて忘れるために寝るしかなかった。

波の上を平行して滑る貨物船の船尾には、中国国旗が見える。
中型のフィーダーは、釜山のハブポートから、
関門海峡を経て大阪港まで入っていくのだろう。

船室横のラウンジには、航行方向に向かって右手に
広めの2人掛けソファが4脚あり、
それぞれに丸いテーブルが添えられている。
左側には、四角いテーブルを挟んで1人掛けのソファ
が対面になったセットが3つある。
テーブルは、カーペットの床ににボルトでそれぞれ
しっかりと固定されて、転倒しないように配慮されている。
左右両方に四隅の丸い四角窓が2枚づつある。
窓には薄いレースと厚い遮光のカーテンが掛かっている。

昨晩の夕食は、4階のレストランで取った。
大学の食堂のような仕組みで、さらにもられた料理を
好きなものから時分のトレイにとって精算する
という仕組みである。
僕は、麻婆豆腐とおでんにサラダ、ビールを頂いた。
利用者は、トラックの運転手さんが中心で、
そのほかは、家族づれが何件かと学生さんの集団、
一人旅の若者がいた。船に乗り込むときには、
乗用車が20台くらいいた。それでも待合いレーンの
半分くらいだったから、多いわけではない。

5階には、展望風呂がある。夜の入浴だったので、
景色は見えないのだが、船の煙突だけは大きく見えた。
大きな浴槽が2つあり、洗い場は15名くらいが
同時に使える広さがあった。シャンプーと
リンスインシャンプー、それに石けんがおいてあった。
イメージは、ゴルフ場の大浴場である。

現在朝の6時半である。姫路沖を航行中という
船内放送があった。もうそろそろ明石海峡大橋を
くぐる。海からの眺めはきっと「壮観であります!」だろう。

2009-09-17

奈良へ帰省

朝から出勤していますが、
昼を過ぎて、お休みを頂き奈良へ帰省します。

高速道路に押されていると言われる
フェリーに乗って12時間の船旅です。

夜間の航行につき景色が見えないのが残念ですが、
朝方の明石海峡大橋や大阪湾、泉大津の風景が
楽しみです。

2009-09-16

Reading is to the mind what exercise is to the body.
---Joseph Addison (English essayist and politician, 1672-1719)
Quoted from NHK Business communication in Action, Sept 2009., p.13

駄洒落の欧州?

9月下旬からロンドンへ1年間のサバティカルに
でかける水本先生を囲んで、壮行会となった。

呑んだり食べたりするのが、好きな人たちの
集まりなので、理由はなんであれ大いに盛り上がった。
酒膳わがままのマスターも、新鮮で美味しい素材を
駆使した料理を振る舞ってくれた。
また、あまり口にしない茨城の清酒にもであった。

話は、多岐にわたったのだが、よく覚えているのは、
プライア先生との駄洒落合戦のみである。
翻訳家であり、ユーモアの翻訳を得意とする
プライアさんからは、日本語や英語を織り交ぜた
変化球が投げ込まれる。こちらも負けじと迎え撃つ。

言葉遊びは、タイミングと文脈が命である。
ジャズセッションというほどのものではないが、
駄洒落を紡ぎ出すためには、そこそこの集中力を要す。

その醍醐味は、相手の発した言葉を捕まえ、
それにつながる音や意味にひっかけながら、
すーるっと世界を展開させることである。
ようは、言葉と言葉の間の微妙なズレで遊ぶ
ということだ。

道具はなくても言葉だけで随分遊べる。
たしかに、酒は重要な燃料になるのだけど。

2009-09-15

Research meeting in Miyzaki

Hiroyukinho's Note
15. September 2009

http://hiroyukinho.blogspot.com/

2009-09-12

おおらかなる精神

福岡空港から宮崎へ向かう。
飛行機は、かなり低い高度を保ったまま、
40分ほどで宮崎空港に到着した。
ゆったりとした空港で、航空大学校の
練習機がタッチアンドゴーで抜けていった。

宮交バスにのり橘通3丁目で下車。
昼食を取ろうと思ったが、11時では早すぎた。
けっきょく、宮崎駅までぶらぶら歩き、
駅に併設のうどん屋に入る。

駅の東方にあるウェルシティ宮崎にて、
九州地区大学一般教育研究協議会。
福岡教育大学の石黒先生(地理学)による
「九州の見方」という基調講演の後、
各分科会がはじまった。

分野は、人文・社会科学、自然科学、外国語、保健体育、情報教育
の各部門である。

人文・社会科学部門では、6名の発表があり、
僕は、「技術者倫理教育プログラム開発における課題について」
と題して話した。
発表の後の懇親会では、長崎総合大学の木永先生、
熊本大学の岡部先生、宮崎大学の石川先生、九州大学の副島先生、大月先生
と歓談することができた。
公けに話せば、それをきっかけに人の輪ができていく。

他の教育研究分野の先生方とお話する機会は、
学会でもなかなか得られないものである。
むしろ、学会はよく似た分野の人たちの集まりである。
日頃接点を得られない方々とのお話は、
話題の流れに予想が付かないというところに面白さがある。

この協議会は、1952年(昭和27年)から58年間の歴史がある。
一般教育といえど、色々な分野の人たちを一つの場所に集めて、
あれこれと話し合わせようというアイデアは、
寛容な精神に根ざす人たちの間であるからこそ、
受け入れられ受け継がれてきたのだろう。

おおらかであろうとする精神は、多極化と言われる時代の空気を
受け止めて何かを生み出す基盤になるのではないか。
この時代に、九州はまた何かの重要な役割を果たすように思う。