2009-12-09

少年老い易く

こと、人の歩みを考えるのであれば、
過去を振り返って、自身の落ち度を反省するよりも、
これから先にどうすればよいかを考えるべし。
これが、中尾さんの教え。

打開策を見つける中で、失敗は昇華されていく。
あす人生が閉じても構わないと思える日を
生きるなら、過去にこだわるよりも次の
一歩を踏み出す先を見定めよう。

たくさんあるやりたいことの中から、
特定のことを選ぶのは、難しいことである。
どれかを諦めることをやめるためには、
1日を圧縮的に過ごしていくしかない。

10キロ走をペース配分していくのではなく、
100メートル走を100本やるぞ!という意気込み。

2009-12-07

シメジとソーセージのトマトスパ


我が家では定番のトマトスパゲティである。
具材は、あり合わせのもの。

スライスしたニンニクをオリーブオイルで
徐々に炒めて薫りを移す。
このとき、フライパンの冷めた状態から、
炒め始めるのがコツ。これは、
ポルトアレグレからの留学生だった
エウセビオくんからならったもの。

粗挽きソーセージを縦方向に4分割し、
カリカリになるまで炒める。
スライスしたタマネギとシメジを加え、
火を通していく。

野菜がしなっとなってから、
カットトマトの缶詰を放り込む(もちろん中身を)
すこし煮込んでなじんできてから、
スパゲティを茹で始める。

フライパンの中が煮詰まってきたら、
茹で汁をひとすくいして、すこしソースを伸ばす。
最後に合わせてできあがり!

正岡子規の熱気

香川照之の正岡子規があまりにも印象的で、
ああ、かの人はこんなにもエネルギッシュで
あったのかと思わされた。

正岡子規と言えば、結核を患い、松山の
漱石宅で療養し、東京へ帰る道すがら、
奈良法隆寺へ滞在し、柿食えば・・・と
読んだ人ということばかりを覚えていた。

そのイメージと上野公園の子規球場とが
どうしても結びつけられずにいたのである。

そうか、35歳で夭折した子規にも、
帝大予備門の学生時代があり、文武に
のめり込みながら謳歌した時代が
あったのだ。

2009-12-01

肥え直し

先月からの風邪引きによって、
食事や酒量が減ったことが幸いして、
目方が約7.2キログラムまで順調に
推移していた。

のではあるが、今朝方に体重計へ
載ってみると、7.6キログラムにまで、
増加していたのである。
口先では、誤差範囲、誤差範囲と
流していたのだが、心の中は、
唖然、騒然である。

本年度中のウェイト目標が、
69キロ台で安定させることなので、
どうにかこうにか実現したのだけど、
これからの年末年始の宴会時期に、
果たして意志を通すことができる
のだろうか。

小デブな自分とさようなら!と言いながら、
夜中に甘い乳酸飲料を飲んでいるようじゃ、
先が思いやられる。

2009-11-30

夜更かし

午前中の11時まで寝ていたせいか、
なかなかこの時間になっても眠たくならない。

とはいえ、明日には早起きするために、
いまにも寝るぞと思っているため、
まとまって何かをやろうということもにもならない。
なんとも中途半端である。

こういう時は、きっと寝るに限るに違いない。
リフレッシュして一週間を始めるためにも。
夜更かしをしても、ろくなことは思いつかない
ことでもあるし。

2009-11-21

薩摩翁




頂き物の焼酎である。
薩摩の平和酒店の「薩摩翁」という
竹筒に直接封入さた珍しいもの。
ぐるりを見渡しても、上下の節をみても
どこから注ぎ込んだのかわからない。
吞むときには、アイスピックで、
節に穴を開けるのだという。
今晩、義父と吞もうとおもう。

しかし、不思議な容器である。
特許化されず、門外不出の技術なのだそうだ。

2009-11-18

再びカダナへ

先日、彦根の帰りに、京都の下鴨へ。
カダナを訪れる。
2年ぶりの来店だった。コーヒー豆は、
2月に1度程度送ってもらっているのだが、
やっぱり、マスターと話しながら
味わう一杯は格別である。

現状報告と将来への構想を話しつつ、
女流作家の西加奈子の作品や宮城谷昌光の三国志
を照会してもらう。
僕は、小林秀雄の講演CDを薦めた。

日曜日の開店時間前から押しかけ、
コーヒー3杯とフルーツケーキをごちそうになって
しまった。
今回は、ブラジル・ブルボンとインドマイソール
を200グラムずつロースト分けてもらって
帰途についた。

下鴨病院前から東回りの市バスにのると、
百万遍から、東山、清水と車窓からの眺めを
楽しみながら京都駅まで行ける。ただし、
11月の観光シーズンには、車内外ともに大混雑で、
目的地に着いたのは、1時間後であった。

西回りで今出川までバスにのり、地下鉄に
乗るのも良かったかもしれないが。

京都に行き着けのコーヒーショップがある
という事実もなかなかの贅沢である。
どうぞ、機会があればカダナを訪れて下さい。


開店前のカダナをパチリ!

大きな地図で見る

2009-11-17

たくさんの文脈、豊かな人生

何かを叶えるには、それをどれだけ強く思えるかが、
大切な態度になる。乱気流の時代には、自分が
立ち止まっていても環境は変化していく。

自分の軸を強く意識しながらも、立ち現れる偶然を
必然と捉えて真摯に格闘していくこと。
それが、成熟化社会に生きる私たちに必要な
人生の作法である。

先日の中尾さんによるセミナーの教えは、
そういうことであると理解している。

幸運に出会うことができる能力のことを
セレンディピティというそうである。
目の前の立ち現れた物事を幸運なこととして、
知覚できるかどうかは、自分自身の
心の持ちようである。

どのような情報でも自分の糧にできるかどうかは、
それに応対する自分自身の態度によるというのは、
(株)アクアテックの堂元社長の教えであった。

機会をつかみ、時に機会を生み出していく。
自ら走るべき線路を自ら引くことが、
これまでになく必要な時代には、どれだけ
自分の頭を柔軟に、かつダイナミックに
働かせることができるかが勝負になるのだろう。

私たちは、面白い時代を生きているのだ。
諦めれば、諦めた通りの将来が開かれていく。
諦めなければ、思う絵画を描き続けることが
できるのである。

いつどこにあっても、自分自身の人生を生きよ。
現実をすべて受け止めた上で、どのような
一歩を踏み出せるかに、センスが試されている。

たくさんの文脈を引き受ける豊かな人生。
人としての総合力を高め続ける生き方を
大切にして生きたい。
専門馬鹿には成り下がらないぞ。

2009-11-15

彦根を発つ

充実したOB会になった。
上田さん、中尾くん、耕さん、中野く、奥村さんには
特段に感謝差し上げたい。
その他にも、会を支えてくれた皆さんは多数おられる。

ささやかな会とはいえど、現役とOB合わせて50名の集まり。
人の集うところには、何かのフュージョンが起こる。
そんな仕掛けの豊かな場を作って行きたいものである。

写真は、県外一円と北陸・近畿北部を中心に展開する
平和堂…彦根発祥の企業

2009-11-14

いざ「をかべ」へ

今朝からアイセックのOB会のために
彦根へ向かっています。

駅前の「をかべ」で食べるチャンポンが
楽しみでなりません。

できれば、満福食堂の豚定食もと
思うのですが、時間が足りません。

その土地にいって、絶対食べたいもの
があるというのは、旅路をより楽しみ
なものにしてくれることに改めて気づきます。

2009-11-11

企業訪問はつづく

(株)愛和環境管理に矢治社長を訪ねる。
「心のある清掃」というコンセプトが印象的だった。
環境時代のビルメンテナンス業のあり方、
他社とは違う視点での取り組み。

北九州市森林組合に赤松参事を訪ねる。
国内木材需要の低迷は根深いものがある。
参事は、広い視野から、国産木材や竹林材が
有効に活用されることの社会的・生態環境的意義を
示しておられる。
「心ある営林家」のお考えに触れた。

(株)北九樹脂製作所に平山会長を訪ねる。
様々な樹脂を用いた試作品造形によって、
需要者の製品開発を助け、かつ、資源効率性を
高める技術に取り組んでおられる。
普及している技術でも、それをどのように
使いこなすのか、ノウハウによって差別化を実現し、
広く発注を集める。ここにプロあり。

実務家とご面会頂く時間は、あっという間に過ぎ、
話題はいくつでも途絶えることはない。
いつも現場によりそい、そこを起点とした
発想力を持ちたいものである。

2009-11-10

門外漢を怖れず

月曜日は、朝から西日本工業大学の
木村先生にお会いした。
調査で知り合った市内企業の社長と
製品デザインについての相談である。
私自身には、デザインのスキルはない。

それでも、製品化の考え方、用途開発、
素材選び、製品の意味づけといった
コンセプト作りには関心がある。
自分自身の発想力がどれほどのものか
思い知ることで、非力さが分かり、
それが、新しい学びのきっかけになる。

自分自身の軸足は大切にしつつ、
領空侵犯や門外漢を怖れない心の向きは、
個人の成長に欠かせないと思う。
いろいろな物事に触れて、足腰を
鍛えていきたい。

これから、3週間ぶりのバスケへ。
窓の外には、冷たい雨が降る。

2009-11-06

リハビリの一週間

病み上がりのリハビリの内に、
1週間が過ぎてしまった感がある。
おかげで、山と積んでしまっていた
ペーパーワークを片付けることができた。

金曜の午後には、横溝社長たちが
来て下さって、あれこれ将来を切り拓く
話をすることができて、愉快に過ごせた。

企業活動は、厳然たるアートであると思う。
発案し、計画し、経営し、評価し、見直す。
文脈を把握しながら、他社とは少し違うことを
やらないと成功はない。
投資が伴うから、完全なる真剣勝負!
不確実性の矢面に立つからこそ、私たちは、
活き活きとして居られるのだろう。

今週末は、大学祭であるという。
夜は、事務所の指示で学生がみんな帰宅するそうな。
なんとも弾けようのないお祭りであるように思うのだが、
いろいろと制約があるのだろう。
制約を所与として、その中で楽しむのもよし、
その制約を崩すために運動するもよし。
抜け駆けするのもよかろう。
そういう余力があれば、学生もまだまだ捨てたもんではない。

2009-11-02

はやり目

金曜日の出張中に随分目脂がでたので、
土曜日に眼科に行くと「はやり目」ですと
診断された。
点眼薬を2時間おきに差して、今日の夕方に
再び眼科にいくと、「経過良し!」との診断を
頂いた。

どうやら先週からの風邪の症状は、
アデノウィルスの仕業だったらしい。
「はやり目」は、接触感染によるらしい。
どなたか目を患う方が触ったものを
僕が触って、その指で自分の目に触れた。
そういう経路で感染するそうだ。
子供たちが夏のプールで流行させる
プール熱と同じようなものだと聞いた。

いやあ、今年は8月にも風邪を引き、
続いて10月にも。
免疫力が下がっているのか。
睡眠に食事、運動で鍛えることを
これからのテーマにせねばなるまいなあ。

2009-10-29

ご自愛下さい

27日朝からの発熱と喉の痛みには、
往生させられました。
昨日夕方には熱が下がったものの
頭痛が残って大変でした。

ということで、丸二日間お休みを
頂きなんとか持ち直したようです。
今回は、重いものでなくて良かった
のですが、季節柄、用心に越したことは
ないようです。

どうぞ皆さん、重ねてご自愛下さい。

2009-10-24

鳥元

横浜西口の懐かしい店に来た。
手首にサポーターを巻いた焼き手の親父さんと、
オールバックの女将さんは
もう居なかった。
西村や小林とよく呑みに来たもんだ。

2009-10-23

この湯飲みは買いだ

先月のつくば市への出張時に
寿司屋で手にした湯飲み。
これは是非とも欲しかったのだが、
非売品だった。



弁当にオムライス



お昼のお弁当にオムライスはなかなかよい。
今回のは、牛細切れ肉とタマネギを炒め、
炊きたてのご飯にケチャップと一緒に
混ぜ込み、それに卵のベールをかぶせたもの。

卵は、卵焼き用の四角いフライパンを
使うと上手く焼き上げることができる。
卵は1個分使う。
すこし、半熟の部分を残すとなお美味しい。

2009-10-22

エコプレミアム2009発表会

本日、10時よりエコテクノ2009
エコプレミアム2009発表会で、
話してきます。

会場:西日本総合展示場
   北九州市小倉北区
日時:2009年10月22日(木)10:00-

2009-10-20

メタモルフォーゼに向けて

19日は、企業訪問ヒアリングのために、
若松区北九州エコタウン内に立地する
(株)エコウッドへ和田社長を訪ねた。
午後からは、ALU建築システム研究所
藤田社長を訪ねた。
20日午前は、岡垣町の(株)中島ターレットへ中嶋社長を訪ねた。

訪問の目的は、新規事業や新産業の創出、
環境保全への対応に向けて、
どのような産学官の連携が行われているのか、
現状を把握して、市の産業施策へ反映させる
ことにある。

どの代表者も野心的で、現状を乗り越えようと
アンテナを張り巡らせていらっしゃる。
お話を伺いながら、経営者の心意気を
ビシビシと感じさせられる。

ただただ現状を把握するばかりでなく、
自分はこの地域でどんな働きができるのか、
考えさせられる。
地域の活性化は総力戦である。

産学官が連携したり、個々がターッと駆け出したり、
いろいろな試みがあればよい。
人が離れていくのではなく、積極的に
住みたくなるようば地域は、
放っておいて自然にできあがるものではなかろう。

北九州工業地帯は、もう社会科の教科書には
掲載されていないらしい。
この地域は、いま変態の途中にあるように思う。
メタモルフォーゼを実現するために、
住む人の知的貢献を必要としている。
働きがいがある町であると思う。

2009-10-18

オキザリス

義母からのメールで、
あの白とピンクの花の咲く三つ葉草は、
オキザリス属の個体らしい。

白はバリアビス、ピンクはハナカタバミ
ではないか。

こちらのサイトを参照しました。

昨日のクローバー

昨日通りかかったクローバーの群生地に
またいってみた。
ツンと立っていた花が柔らに開いていた。
小さな蜂が一人で、蜜を書き入れている。

三つ葉をみればクローバーと思うが、
どうやらクローバーはシロツメクサを咲かせるらしい。
この花はそれではないなあ。
最後の濃いピンクの花を三つ葉から伸びている。
図鑑をひいてみるのがよさそうである。




クローバーの花

散歩の道すがら、秋枯れの桜の下に
白く立ち上がるものを見つけた。
近づいてよく見るとそれは、
クローバーの花のようだった。
これがパッと開くのかな。
このまま細長く咲くのかな。
もう一度みに行かねば。


2009-10-17

戦いと平穏

町長選挙戦が佳境を迎えているらしい。
近所の事務所では、支援者の人達が集っている。
町長のポストはひとつしかない。
保守派の現職と革新の市議の事実上の一騎打ち
なのだろう。

どちらが優勢となるか、小さな町では事前調査
など行われないため、どちらに転ぶのかは、
まったく未知である。

不確実な状況に身を置く立候補者の心境に
思いを馳せる。

文明社会は、明日を保証したいという人々の
思いを具現化した世界である。

その中にあって、選挙は、何も保証しない。
明日への後ろ盾の無さという点では、
非常にプリミティブな世界である。

野球やサッカーのトーナメント戦が盛り上がるのは、
明日への不確実性が伴うからだろう。
私たちは、明日への担保を社会として作った上で、
それを前提としながら、不確実性を楽しんでいる。
ドキドキ感を楽しんでいるのである。

自分からの問いかけに対して、相手がどうでるか
分からないときの緊迫感に、私たちはしびれる。
それを回避せずにいられるかどうかによって、
その人に野生が息づいているかどうかがわかるではないか。

選挙戦を戦う立候補者を支援するひとたちは、
その野生に感化されているという面もあるのだろう。
重篤な被害をもたらす戦いは、外交によってなるべく回避し、
希な事へと退けてた。

それゆえに、ゲームや勝負事が野生を発揮する
数少ない場として活況を呈する。

私たちは、戦い競うことを本性として宿命づけられている。
その一方で、平穏を希求し、創意工夫を通じてそれを
実現してきたのだともいえるだろう。

2009-10-16

現場にこそ

(有)小谷工業所とシャボン玉石けん(株)へ
訪問し、お話を伺う。
会社の現場にこそ、リアリティがある。
そこで働いていらっしゃる方々は、
もうしかして気づいていないかもしれない
ことでも、外の人には知覚できることがある。
どういう立ち位置を取るかで、それは変わる
ものであるが、大学人という立場は、
とても面白みを感じることのできる
ものだと思う。

2009-10-14

多様な「生」を生きよう

やんまー、うっちーさんとのラウンドでは、
60+44=104と沈むも、バックナインは自己ベスト。
たいてい後半は持ち直すのだけど、
フロントナインで大崩しないことがこれからの
課題である。

火曜日は、朝と昼にそれぞれ委員会をこなす。
環境局の河合さんに作成した資料を送信、
山之内さんには、調査メモを送信する。
それが済むと8時を過ぎたので、バスケットへ。

人間は、自己学習を通じて様々な文脈を
どんどんと引き受けていくことができるという
ことだろう。

近代化は、貨幣の介在する市場を通じた、
モノや労働の取引を通じて、人の生活を効率化した。
得意分野に集中することを可能にした。
一方で、そのことは、私たちを多様な学習機会
から疎外してきたともいえる。

効率化の一方で、単純化した生活は、
私たちの「生」を痩せ衰えさせてしまう。
イノベーションを新しい組み合わせと定義するならば、
様々な文脈を一身に引き受けてこそ、
Brand-new Wayが見つけられるのではないか。

最近のワークライフバランスという言葉には、
そういう意味合いを含めることができるだろう。
人としての多様な「生」の復権こそ、
将来を開くのではないか。

2009-10-09

ちょうど良い加減

受講する人たちが退屈しないような
授業の工夫をするのは、簡単でない。

まずは、相手の希望やら関心やらを
ある程度、つかむ必要があるし、
ちょうど良い加減の難易度を設定する
ことも忘れてはいけない。

そこのところを自由自在にやれるほど、
自分には即応力はないはずなので、
とりあえずは、その都度の経験を
積み重ねるしかない。

先日の九大での講義は、理工系の
履修者を対象とするという前提への
対応にもうひと工夫必要だったなあと
自省しているところである。

2009-10-07

身から出た錆

久しぶりの徹夜明けは、不思議といい
脱力感がある。

夜中にクッションに突っ伏した以外は、
黙々と机に向かう。
仕事は、朝8時に完成を得た。

身から出た錆とはこういうこと。
計画的に、事は進めるべし。

本日は、九大総理工にて短いレクチャー。
石炭等化石資源中核人材育成事業

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2009-10-05

宮地嶽神社へ






福津市にある宮地嶽神社へ伺う。
神功皇后という方をお祭りする神社であり、
お社からは女性的な柔らかい印象を得た。

境内は広く、お社の奥からは、八社巡りの
参道が伸びるが、また次回とさせて頂いた。
本殿裏で、昼寝する人あり。

思い思いに過ごすことのできる余裕が嬉しい。
高台にある境内から見下ろす長い長い参道は、
遠く宮地浜にまで続いていた。絶景なり。

2009-10-02

妖怪を怖れる心理

日本妖怪大全を眺めながら思うことは、
けっこう身近なところに妖怪たちは、
たくさんいるのだということである。
私たちは、それらに気味悪さを感じる
のだが、深層心理では、妖怪がその
容姿や出現の仕方によって発する
メッセージを怖れているのではないか。
それぞれの妖怪は、物事の本質を突いてくる。
私たちは、それが怖いのである。

ところで、インタビュー調査先である
吉川工業では、小南さん、中村さんと
お話させて頂くことができた。
東芝セミコンダクター社北九州工場では、
高さん、池田さんとご面会頂いた。
現場の話は濃い。様々な本質的な課題が、
込められているからである。
何を感じ取れるか、アンテナはピンと
張り詰めた。

研究調査パートナーの山本先生、須山さん
後藤さん、山之内さんとはこの日が初対面だった。
いい調査になるのではないかと期待する。

2009-10-01

日本妖怪大全

ここ最近は、トイレにて、
水木しげる先生の日本妖怪大全を読んでいる。
民話にちなむ妖怪たちは、きっとなにか
必要に応じて発明されたのだろう。
遠い遠方に、おなじような妖怪がいると、
何か地域の共通性を考えてしまう。

今朝から、吉川工業と東芝九州工場へ、
ヒアリングのためにお訪ねします。

2009-09-30

ひとつずつ着実に

9月末日、大学業界では第2学期のはじまりである。
私立大学では、9月末から既に授業が再開している。
神奈川大学で1年だけ非常勤講師をしたとき、
うっかりと1週間すっぽかしてしまったことを
思い出した。あの時は、申し訳なかった。
月を跨ぐ前に、仕上げるべきことがたくさんある。
ひとつずつ着実に。

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2009-09-29

動的平衡

物事を見聞きして、思ったことを書き綴ってみれば、
それが、自分の内面世界についてのことであることに気づく。
同じものを見ても、人によって感じ方は様々であろう。
感じ方は、常に揺れ動く精神を反映している。

私たちには、確固とした自我があるように思うが、
実は常に外生的・内生的な情報にさらされ続けている。
変わらない自分というものは、社会的要求の中で、
時には自分自身を保持するために、作り上げる幻想に過ぎず、
その意思さえも、時の流れに浮かんで、変化していくものである。

細胞や分子レベルでみても、私たちの体は、
3ヶ月ほどで新しい物質によって漸進的に入れ替わっているという。
そういう前提を振りかざすのは、自分の精神も
社会的な要求がどうであるにせよ、変わって生きたいと
希望しているからかもしれない。

色々と書き連ねてみることは、自分の内面をモニターする
という意味において有効である。
日記にせよ、ブログにせよ、論文にせよ、それぞれの時点に
おいて自分がそのような動的平衡状態にあったのかが、
反映されている。
自分が、いま書く動機はそこらへんにあるのだろう。

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2009-09-28

It is easier to do a job right than to explain why you didn't .
---Martin Van Buren (Eighth U.S. president, 1782-1862)
Quoted from NHK Business Communication in Action, Sept, 2009., p.39

山川草木と共に

この出張では、よく歩いた。
環境経済・政策学会のために行った
千葉大学は総合大学であって、
全部で4つのキャンパスがあるのに、
西千葉キャンパスもかなり広い。

最寄りのJR総武線西千葉駅から、
会場である総合キャンパスは、
徒歩で10分くらい掛かったような気がする。
(それは定かではないが)

広いといえば、横浜国大のキャンパスは、
ゴルフ場のあった敷地に、土地の起伏を
有る程度残して設計されている。
ゆえに、キャンパス内でクロスカントリー競技
ができそうなくらいだ。

近年の土地区画整備においても、山を削り、
平地にしてから新しい建物を設置していく
という方法がよく目にとまる。
その方が、分譲地として高値がつくし、
建築コストが安く抑えられるのだろう。

その一方で、利用者は完全な人工環境に
身を置くことになる。ミティゲーションと
称して代替自然を設置しても、そこには、
誰かの意図が反映されており、私たちは、
そのことを肌身で感じ取る。

私たちは、何億年もの間、人為の薄い
山川草木と共にあった。
生物としての人間が殆ど進化していない
とすれば、山川草木が潜在的に恋しく思える
としてもなんら不思議はない。

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